5章 かわいい工学研究の応用
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5.1 かわいいスプーンで食欲アップ
かわいいスプーンを高齢者に見てもらい、その際の精神状態の変化を生体信号で検出する実験をした
福祉用食器
a. 実験
実験に使用したスプーンは、いずれも青芳製作所製で、以下の4種類
普通のスプーン(P)
グレー地にラメ入りのかわいいスプーン(A)
赤ルビー色の石のついたかわいいスプーン(B)
ピンクのリボンのついたかわいいスプーン(C)
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A~Cはネイリストにかわいくなるよう華飾してもらったオリジナル
実験は2013年1月17日に6名の女性高齢者(75歳から80歳)に調査協力の同意を得て実施
事前に「かわいいスプーンを見てアンケートに回答してもらい、その際に心拍と脳波を測定する」旨を書面で説明してもらう
おかゆを食べる場面を想定し、1人ずつ、おかゆの入ったお椀の置いてあるテーブルの前の椅子に座ってもらう
その際に「これからこのおかゆをスプーンで食べる場面を想像してもらい、4種類のスプーンを順番にお見せします。最初は普通のスプーン、その後3種類のかわいいスプーンを見てもらいます」と口頭で説明する
心拍計の脳波計のセンサーを装着してもらい、計測状態を確認する
開始の合図から40秒後に、お椀の手前に普通のスプーン(P)をお盆に載せた状態で出し、見てもらう。その際に「このスプーンを見てください」と言う
その20秒後に、お盆の上(普通のスプーン(P)の左横)にかわいいスプーン(A)を置いて、見てもらうその際に「このスプーンを見てください」と言う
その20秒後に、お盆の上(かわいいスプーン(A)の左横)にかわいいスプーン(B)を置いて、見てもらうその際に「このスプーンを見てください」と言う
その20秒後に、お盆の上(かわいいスプーン(B)の左横)にかわいいスプーン(C)を置いて、見てもらうその際に「このスプーンを見てください」と言う
20秒見てもらった後に、各スプーンの印象について口頭でアンケートをとる
「一番気に入ったスプーンはどれでしたか?」「それはどうしてですか?」
さらにそれ以外のスプーンそれぞれについても見た目や持った感じの印象などを聞く
かわいいスプーンを見せる順番はA, B, C(実験協力者1, 3, 5)とC, B, A(実験協力者2, 4, 6)の2通り
見せる順番がバランスを取れていないのは、実験開始時に人数が確定していなかったことと、実験家規格を複雑にして順番を間違えるリスクを回避したことによる
さらに実験終了後に改めて全員に一同に会してもらい、今回見てもらったスプーンについての印象を雑談の形で自由に話してもらった
b. 実験結果と考察
口頭アンケートの結果、一番使いたいスプーンは全員が「かわいいスプーン(A)」
「スマート」「飽きがこない」「ごちゃごちゃしていない」など
かわいいスプーン(C)には「小学生の孫に使わせたい」という声が4名から出され、また「リボンがかわいい」などの声もあった
実験終了後の雑談は、取得した心拍数などについて実験者からは何も説明しない状態で実施された
「(A)をギフトに使いたい」
「高齢者である自分が使うには(A)だが、好きなのは(C)だった」2名
「自分は赤が好きだ」という理由などから「好きなのはB」2名
スプーンを見ている20秒間の平均心拍数を算出した
ここでは第4章における算出方法とは異なり、拍動(R波)が起こるごとにその直前の拍動との時間間隔(RRI)から算出した1分あたりの心拍数をその時点での瞬時心拍数とし、20秒間に算出された瞬時心拍数を単純平均するという簡便な算出方法を用いた
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以上の結果から以下を得た
いずれの実験協力者も、見ているスプーンにより平均心拍数が上がったり下がったりしていた
実験協力者1~3は、普通のスプーン(P)よりA, B, Cを見ている時の方が平均心拍数が高かった
また実験協力者4~6は必ずしもかわいいスプーンを見ているときの方が平均心拍数が高い訳ではなかったものの、最も平均心拍数の高いのはBまたはCを見ているとき
Aを見ている時の平均心拍数が最も高かった者はいなかった
Cを見ている時の平均心拍数が最も高かった2と4の実験協力者は、いずれも、雑談の中で「好きなのはCだった」と発言していた
ただし、実験協力者ごとの平均心拍数の差が大きく、また好きなスプーンも異なっていたことから、全体として統計的に有意な結果は得られなかった
実験協力者ごとのSceheffe法による一対比較では、以下に1%または5%の有意差があった 実験協力者2のスプーン(C)とそれ以外の間
実験協力者3のスプーン(P)とスプーン(B)の間
実験協力者6のスプーン(A)とそれ以外の間
すでに第4章で述べたように、従来、心拍数の増加に対する精神的要因は緊張やストレスと考えられてきたが、筆者らの研究により、それ以外でも、例えばわくわくするような心がときめく状態でも心拍数が増加する可能性が示唆された
かわいい色や大きさの実験においても、実験協力者が「かわいい」と評価した場合と「かわいくない」と評価した場合を比較すると、前者では心拍数の安静時との差分の平均値が有意に大きく、後者では有意差がなかった
今回の実験では、これまでの研究のような「実験協力者に関しての平均値」でなく、実験協力者それぞれについて、特定のスプーンを見ている時の心拍数の上昇が、実験中の心拍数のモニタリングにおいて目視で確認された
平均心拍数がスプーンを見て気に入った場合の心のときめきを示すと考えると、調査時の口頭アンケートと平均心拍数の結果には齟齬があり、平均心拍数の結果は、むしろ最後の雑談の中で出てきた本音に近いことがわかる
また、半数の実験協力者は普通のスプーン(P)よりかわいいスプーンABCを診ているときのほうが平均心拍数が高く、またいずれの実験協力者もかわいいスプーンBまたはCを見ている時に最も平均心拍数が高くなっていた
このことから、平均心拍数はかわいいスプーンを見ている時の実験協力者の心のときめきを示しているのではないかと推測される
また、今回のいずれの実験協力者もかわいいスプーンで心がときめいたことは、かわいいものに対する感度が高いと言われる若い女性以外の高齢者あるいは自分で食事ができない要介護者でも、食事をする際に自分のお気に入りのかわいいスプーンを使うことで、心がときめく可能性を示唆していると考えられる
なお、スプーン(P)を見ている時の平均心拍数がかわいいスプーンを見ている時の平均心拍数より大きかった場合については、各実験参加者が必ずスプーン(P)を初めに見ていることから、このときが実験を開始した直後で緊張して心拍数が高くなっていた可能性もあるが、その検証は今後の課題
c. まとめ
6名の女性後期高齢者を実験協力者として実験を実施した結果、雑談での「本当に好きなスプーン」と平均心拍数とに関係性が確認され、かわいいスプーンを見ることで心がときめく可能性が示唆された
今回の実験では、使用した4種類のスプーンの大きさや形状がまちまちであり、「口に入れる部分の大きさ」や「柄のカーブ」など、華飾以外の要素が印象に混入してしまった可能性や、実験協力者が女性のみであったことなど、いくつかの問題点があった
今後さらに統制した条件で実験を行うことで、さらに定量的な結果が得られるものと期待される
この実験の様子はNHKで放映され、それを見た高齢者施設が実際にかわいいスプーンを使用してみたところ、食欲のなかったお年寄りの食欲が増したという報告もある
さらにその後、多数のかわいいスプーンの候補を製作して高齢者施設で同様の実験を実施した結果、上述したような心拍数に関する実験結果は得られなかった
しかし、そのかわいいスプーンの候補を20代男女に評価してもらったところ、どれも普通のスプーンと比べてかわいくないというアンケート結果(平均値の比較)が得られた
このことから、単に華飾しただけのスプーンでは心拍数が上がることは期待できず、そのスプーンが「かわいい」ことが肝要であると言える
特に対象者本院が「かわいい」と評価していることの重要性
5.2 「かわいい」で駆動する自動シャッターカメラへの試み
実験室環境における脳波を用いた感情検出については、多くの研究がある しかし、そのような方法論は一般的な環境に適用するのは難しいと考えられる
一般的な環境では刺激のキュー(cue、開始の手がかり)を検出するのが難しい 脳波のERP(事象関連電位)を計測する際には、刺激が与えられた時間を正確にしる必要があるため、何らかのキューを用いるのが一般的であるが、実世界でそのようなキューを用いるのは困難 そのため、筆者らはデジタル一眼レフカメラの一般的な構造をもとにしたキュー検出機構を提案する
近接センサつきのビューファインダー、シーンの変化を検出する画像処理モジュール、およびEEGヘッドセットからなっている
この機構により、実験室環境と同様の環境を再現することができ、かつ、一般的なデジタルカメラとしても自然な構成となっている
感情駆動デジタルカメラの実現可能性を調査するために、筆者らは「かわいい」写真と「興味のない」写真を提示された時の実験協力者の脳波を測定した
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脳波を用いれば「かわいい」と「興味のない」という感情を区別できる可能性が示唆される
b. システム設計
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一眼レフカメラの構造が感情駆動カメラに適していると考えられる理由
ビューファインダーはユーザが被写体に集中できる環境を作る
脳波は容易に周囲の状況から撹乱を受けるのでこれは重要
ユーザが眼をビューファインダーに接触させるので、ユーザが実際に被写体を見ているかどうかを検出しやすい
電極をカメラに内蔵させてユーザの額に接触させるような構成のデジタルカメラを作ることは可能である
一眼レフカメラは通常、露出を測るためにサブイメージセンサを持っていて、このサブイメージセンサを用いると被写体の出現や変化を検出することが可能である
c. プロトタイプの製作
筆者らは、脳波によるシャッター制御の基本的な動作を確認するためのプロトタイプを構築した
Nikon D7000
PC
このレベルの試作では、感情の代わりにユーザの運動想起(例: 何かを押す)を検出するためにEPOCのcognitiv suiteを使用し、それをカメラ制御プログラムと接続させた
つまり現在のプロトタイプはキュー検出器や感情検出器を含んでいない
d. 今後の課題
感情駆動カメラの本質的な部分を実現するためには、感情検出アルゴリズムの確立とキュー検出器の開発が必要
類似の試みとして、気になるシーンを記録するウェアラブルカメラもある(neurowearのneurocam) 5.3 かわいい色に基づく評価者のクラスター分析
清澤の研究
「かわいい色といえばピンク」という固定観念に疑問を呈し「かわいい色」の定量的な把握とそのクラスタリングを行った
女性を対象としたアンケート調査
「かわいい色」について定量的に探り、
「かわいいと感じる色」を切り口にした調査対象者をクラスタリングし、
「かわいい色」のバリエーションの顕在化と分類したそれぞれのタイプの嗜好性や「かわいい」の世界観、かわいい志向の強さなどを明らかにすることを目的としている
a. 調査
対象は首都圏と京阪神地区の18歳以上の学生、20代、30代の女性各120名、計360名
嗜好判定用のビジュアル試料には48色の単色と30パターンの配色を用い、単色については「かわいいと感じる色」「好きな色」「携帯電話として使いたい色」、配色については「好きなイメージのもの」をどちらも複数回答形式で回答を得ている
さらに嗜好性やかわいい観を探るため、60ワードの「好きなイメージ」、40タイプの「どのような人と言われるとうれしいか」、24タイプの「共感できるかわいさ」についても複数回答形式で回答を得ている
b. 分析結果
女性がかわいいと感じる色は、全体でベビーピンク、ピンク、コーラルが50%を超え、特にベビーピンクが最もかわいいと評価された
「かわいいと感じる色」に対して、調査対象者から6タイプのクラスターが抽出された
これにより「かわいい色」にもバリエーションがあることが明らかになった
またクラスターごとに「トーン」や「色相」など、かわいさのポイントになっている要素が異なることも明らかになった
さらにクラスターごとにかわいい観も異なり、嗜好イメージや選択する商品色にも違いがあることがわかった
明るいトーンのソフトでロマンチックなカラーをかわいいと感じる
全体の4割
30代が多い
やや明度が低いトーンのプリティでポップなカラーをかわいいと感じる
全体の22%
学生が多い
共感できるかわいさの選択数が多い
かわいい人と言われたい傾向が強く、かわいいに対して感度が高い
比較的彩度の高いピンク系バリエーションのウォームカラーをかわいいと感じる
全体の11%
健康的でカジュアルなビタミンカラーをかわいいと感じる
全体の11%
共感できるかわいさの選択数が少ない
「かわいい」への関心は低い
グレイッシュでレトロ、クラシックな印象のカラーをかわいいと感じる
全体の4%
30代が多い
プリティな印象のピンク、ベビーピンクをかわいいと感じる
全体の11%
「共感できるかわいさ」の選択数が多いほどかわいい志向が強いという傾向がある可能性もわかった
c. 今後の課題
この調査は、「かわいい」への感度が高く、「かわいい」感性を肯定的に受け入れていると思われる学生から30代の女性を対象として行われた
年代と性別が限定された中でも多様なバリエーションがあったことは、「かわいい」商品を開発する上での重要な知見であると考えられる
さらに幅広い年代や男性への展開は、今後の課題